ARTIST INTERVIEW VOL.02

彫刻家 岩崎 努

自分というフィルターを通して追求する写実

包んだ薄紙をそっと開くと夕焼けを映したかのような茜色の柿が姿を現した。「持ってみてください」そう促されて手のひらに受ける。実物よりは少し軽い量感に本物とは違うと認識できるが、近くで見ても質感や色合いは柿そのもの。木彫であるとはにわかに信じがたい。

一木から彫り出された「嘉来」

彫刻家・岩崎努の代名詞とも言える柿をモチーフにした作品「嘉来」は、一本の木材から枝、葉、果実を彫り出す一木造り。細部に至るまで超絶技巧を駆使した写実的な作品である。しかし、それは見たままを写すことではない。本人曰く「本物をそのまま写すことはしていないんです。実物の柿の果実より大きかったり、蔕(ヘタ)も実際の形や色とは異なっています。これは僕というフィルターを通して表現された、いわば僕の考える柿の概念なんです」。本物ではなく本質に迫る写実彫刻といえる。

一木から彫り出された「さくらんぼ」

 作品を表現する上で大切に思っている一木造りの技法についても、必要とあらば変える潔さをもつ。例えば葡萄のレリーフ。共木(トモギ)で彫り出した葡萄の葉を前面に足すことで厚みが増し、表現の幅が広がると気付いたからだ。リアルな彩色もしかり。それまでは木の繊維に逆らわずに鑿(ノミ)で仕上げる鑿艶仕上げがほとんどだったが、約7年前から信頼する日本画家に彩色を依頼し、作品に色を加えた。「劣化するのがいやで塗膜を作るのを避けていたんですが、素材にこだわれば風合いが増すことに気付いたんです」と岩崎氏。作品によっては、彩色したほうが良くなると思えば彩色を施す。技法も彩色もそれが良いと感じたら変化することを厭わない。表現者としての天性を感じる。

細部を彫る特注の丸刀(ガントウ)ほか240本の鑿(ノミ)が揃う

ライフワークと位置づける天神像の制作はじめ、近隣の寺院やミシェランの星つきレストラン、世界的に有名な時計メーカーなど、作品の依頼は国内外から寄せられる。その一つ一つに作品の下絵や模型をつくり、彫り始める前段階に十分な時間をかける。井波彫刻師を父に持ち、幼い頃から工作が好きだった。「遺伝子レベルで物作りが好きなんでしょうね、木彫(の道にすすんだの)は育った環境でしょう」と笑う。彫刻家もアスリートと同じでやがて体力や視力なども衰える。そんななか、今が自分の旬だとも感じている。師と仰ぐのは高村光雲や安藤緑山など写実を究めた明治期の作家たち。ひたすら自分らしい表現を追い求めて対象に向き合う。

東岩瀬・慶集寺(きょうしゅうじ)のご本尊の背景を飾るレリーフ「空華蓮水極楽浄土図」
※写真提供:慶集寺

岩崎 努

Iwasaki Tsutomu

1972年、富山県生まれ。欄間や獅子頭、天神様で知られる彫刻の町、南砺市井波の出身。1995年、武蔵野美術大学造形学部彫刻学科を卒業。井波彫刻師である父の元で修業後独立。2008年、富山市東岩瀬に工房「木彫岩崎」を開く。近年、『超絶技巧、未来へ!明治工芸とそのDNA』(三井記念美術館ほか巡回)、『岩崎努展』(105Ma GALLERY)などで好評を博す。