ARTIST INTERVIEW VOL.10

木彫刻家 田中孝明

常に前を向き 感じた“今”を彫る

幼い頃から手を動かしものをつくることが好きだった田中孝明さん。高岡工芸高校の卒業制作時、在籍した工芸科木工コースでは友人たちが皆、家具をつくるなか、ひとり黙々とルーブル美術館の至宝「サモトラケのニケ」の模刻制作に向き合った。ニケは、中学・高校時代、ものづくりと同様に熱中した棒高跳びで愛用したナイキのロゴのモチーフ。すでに卒業後、弟子入りが決まっていた井波彫刻師の前川正治さんに材料の楠材を提供してもらい、無心で彫った。
「ものづくりの仕事がしたい」。高校の担任にその思いを相談して紹介されたのが師匠、前川正治さんだった。5年の住み込みの修業、その後の奉公を経て独立。この間、欄間をはじめ天神様やお雛様など、井波彫刻で学んだことが今も作品の根本にあるという。2008年、漆芸家の妻・早苗さんと木彫と漆の「トモル工房」を開設。名称には小さい明かりだけれども、ずっと灯し(発信)つづけようとの思いが込められている。

工房開設の翌年、タイで開催された彫刻シンポジウムへ招待されたことが大きな転機となったとふり返る田中さん。世界各国から多くの彫刻家が集まり、それぞれの作品を現地の人たちの協力のもと完成させる。熱気溢れる創作の場で色んなことを学び、吸収した。田中さんはこの体験により、それまでの「何かを彫り出したい」という思いから、「何かを表現したい!」に変わったと話す。それはひとりの彫刻師から彫刻家・田中孝明へと意識が変化した出来事だった。

彫り始めたら「あまり深く考えず、手に任せる」。

日々のなかで感じる光や雲といった自然を擬人化した田中さんの作品。その多くが静かに瞳を閉じ柔和な表情を浮かべる。「目を閉じているのは、観る人の想いが入ればいい」と、観る者へ余地を残して委ねる。そのためか、作品は独特の空気感をまとい、人の心を穏やかに満たす。素材はクスノキ。欄間などの井波彫刻でよく使用される身近な素材で木目がやさしく、細かい表現もしやすいという。「身近な素材を使い、最初から最後まで自分の力だけで作り上げる木彫という表現が自分には合っていたんでしょうね」と田中さん。

制作の依頼は、国内外の個人や企業などから幅広く寄せられる。数年前にある雑誌で紹介された作品には、「同じものを作って欲しい」という依頼が複数件あった。嬉しいことではあるが、同時に複雑な気持ちにもなったという。その時の自分が、その時の感性でつくったものを現在の自分がつくることへの違和感とでもいうのだろうか。「自分の今の思いをかたちにしたい!」との思いを大切に、現在は依頼があっても同じ作品の制作は行っていない。制作の合間、時間があればナイキを着てジョギングに出かけるという田中さん。木彫という表現の場でも、可能性を一歩でも半歩でも前に進めるため、創造の翼を広げて走る。

今後も「日々感じたことを一つずつ表現していきたい」と話す。

田中孝明

Komei TANAKA

1978年、広島県生まれ。富山県立高岡工芸高校工芸科を卒業後、井波彫刻師・前川正治氏に師事し、約7年にわたる修行を経て独立。2008年、漆芸家の田中早苗とともに「トモル工房」を設立。井波彫刻の技術を基盤に、彫刻刀の鑿跡を活かし、静かな気配とやわらかな存在感をもつ造形を追求している。国内外で作品を発表し、2009年、「International Wax Sculpture」招待出展(タイ)、2018年、Anna Ning Fine Art(香港)、2019年、「Art Basel in Hong Kong」(香港)に出展。近年は「FLOW : Komei Tanaka Solo Exhibition」(2023年、emmy art +, 東京・銀座)など個展を開催し、国際的に活動を広げている。